きょうは陽が射してきて、午後からは今年一番の暑さになりました。
しばらく続いた梅雨の雨の合間で、ずっと干せなかったふとんも干すことができました。夏の日射の中で、ふとんを干すときに汗をかき、ふとんを取り入れる時に汗をかきましたが、ふとんはふわふわになったので、少ししあわせです。
私は自分が子どものころに、親と一緒にいろいろなことをして、とても幸せな子どもでした。
親はいつも私と弟のことを考えていろいろしてくれていました。私が知っていることでも、後になるまで知らなかったことでも。
もちろん、自分なりの意思をもつようになってくると、親の言う事がいろいろ気に障るようになってきて、ずいぶん反抗もしたし、大喧嘩もしました。それでも、親が私のことを気にかけてくれているのはわかっていましたから、親のことを嫌いになることはありませんでした。
私はとても幸運な子どもでした。
そんな子ども時代を過ごしていたので、私は子どもを育てたくてたまりませんでした。
月日が過ぎて、私と一緒になってくれた人は、まじめ過ぎていろいろなものに臆病なところがありました。
「わたし、子どもを好きになれる気がしない」
後になっていろいろ調べてみたら、この悩みは女性の中でけっこうな割合で感じる悩みのようです。
私は最初から好きになれるものなんて、親以外に存在しないと思っています。昆虫でもイモリでも本でも友人でも、最初から好きだったものはありません。
それを知って、興味を持ち、いろいろと接触してみて、感じるものがあり、さらに興味が沸いてだんだん好きになっていくのが「好きになる」ことだと思っています。
「それは子どもを持ってみなけりゃわかんないでしょ。一緒にいるうちに好きになると思うよ?」
「あなたは初めから子どもが好きだからそう思えるのよ」
確かに、私は子どもが好きで、そのころ住んでいた社宅の子どもたちともけっこう絡んで遊んでいました。でも、それは私が子どもに近いメンタルを持っていたからだと思います。
「子どもが私と遊んでくれるのは、私が自分たちと同じレベルだからと思ってるからでしょ。私にとって、子どもたちは歳の近い友人とあまりかわらないんだけど」
「子どもを持ってから、好きになれなかったらどうしようっていつも思うの。私は自分を許せなくなる、きっと」
「ん~ん、それは深刻だねえ。でも何とかなると思うけど。なんで子どもが好きになれないと思うのさ?」
「小さいころから子どもが嫌いだった」
「そのころ、あんたも子どもでしょ」
「そうよ。自分も含めて子どもが嫌いだった」
おお、根が深そうで、深淵が開いてしまいそうです。深淵の中を覗いてみたい気もしましたが、それはまたのちほど。
「好きだったものはないの? 私とか」
私を選んではくれずに、彼女はしばらく考えてから言いました。
「……ねこ」
「ねこ」
「ピアノを習っていた時に、嫌でしょうがなかったんだけど、その家に猫がいたの。その猫を抱っこできるという理由だけでピアノを続けてた」
そのころの私は、猫はそれほど得意ではありませんでした。こちらより上のような顔をして接してくるし、そのくせ弱いし。父方の実家でも母方の実家でも猫を飼っていたのですが、彼らとは敬意をもって距離を置いていました。
「猫を飼えばいいんじゃない? そうすれば、何かを本当に好きになる経験ができるよ」
「猫を? 飼う? 私が?」
「そう、君が。あんたが。おまいさんが」
「そんなことしていいのかな…」
「社宅はペット可だし、あとは我々次第。あなたがよければ、私はOK」
彼女はまだ考え続けていましたが、目の色はさっきと全然変わっていました。闇の中のアオミドロ色から、目の中に陽が射しています。これなら大丈夫でしょう。
その後、社宅のあたりにいた子猫をだしを取ったあとの煮干しでお招きし、うちの子になってもらいました。
彼はずいぶんと長生きし、猫は子どもによくないという医者や私の親の意見もやり過ごして、私たちの子どもたちとも、ずいぶん長い間、一緒に過ごしてくれました。
彼は私にとっても、我が家にとっても大事なものとなりました。そして何より、私の奥さんに何かを本当に好きになることを教えて、しっかりと心に根付かせてくれました。
彼にはどれほど感謝しても足りません。
私にできなかったことを、ちゃんとやってくれたのですから。
今、奥さんは私のことを好きでいてくれていると思います。たぶん、ですが。
そして子どもたちも、私と奥さんが望む以上に人のことを考えて、自分のことも大事にしてくれる人間に育ってくれています。
もちろん、これは奥さんが何かを好きになることがちゃんとできていて、それを自分の心に根付かせてくれているからです。
奥さんのそういう気持ちが子どもたちの情操を安定させて、私が子どもたちとちょっといい加減に遊ぶことができたためだと思います。
人を好きになるのは、とても簡単で、これができれば自分はもちろん幸せになれます。
人でなくても、猫でも物でも、好きなものが多くなるほどに幸せ度は増していき、決して減ることはありません。
私の一つの言葉を信じて、それをまさに目の前で体現してくれた奥さんを、私は心から尊敬しています。