暑かった昨日とうって変わって、きょうは雨が降りそうな雲に覆われた一日で、夜に入ってから降り出した雨のせいで空気が冷えてきました。
梅雨寒っぽい夜ですが、レディープレイヤーワンはおもしろいので、満足しています。
子どもが小さいうちは、起きている時に母親がいない状態を味わわせるのは嫌だったので、奥さんには勤めを辞めてもらいました。私は3人分の生活を守るために働く役割を果たします。
初めてだったので、奥さんは実家に戻って子どもを産み、3ヶ月ほどで我が家に帰ってきました。
愛があればなんとかなるなんて思っていた時期が、私にもありましたよ。
子育ては無限に続く悪夢の連なり
お母さんに付き添われて帰ってきた奥さんは、疲れていながらほっとしているようにも見えました。お母さんは数日いてくれて、子育ての環境を整えてくれてから、私に「よろしくね」と言って帰っていきました。
奥さんは少し心細そうに見えていましたが、私は何とかなると思っていました。
私は仕事に行き、奥さんは家で家事と育児を。
私は何とかなっていると思っていました。
奥さんは真面目なのです。自分がちゃんとできないからダメなのだと考えてしまい、助けを求めることもできないくらいに。
仕事が終わって家に帰ってきたときに、洗濯がされていなかったり、台所の洗い物がされていなかったり。
私はちゃんと役割分担を決めたのに、それをこなしていない彼女に腹を立てていました。
「洗濯ものを干していないじゃん。何やってんの」
奥さんは子どもに寄り添っていましたが、私を見ていいました。
「…ごめんなさい」
「俺はちゃんと仕事をしてきているんだから、そちらのやるべきことはやってくれないと」
天秤が釣り合っているかどうかは、客観的に見なければわからないものです。自分が正しいと思っている私は、控えめに言って犬の排泄物だったと思います。
奥さんは洗濯物を干そうとして立ち上がりましたが、足元がふらついています。
「? どうしたの?」
奥さんは何かを振り払うかのように手を振りながら言いました
「きょうは本当に寝てくれなくて」
にぶい私でも、気が付くときはあるものです。
「寝てないの?」
「…うん」
「食事は?」
「…」
彼女は母乳で子どもを育てようとしていました。母乳だと一回に与えられる量が限られてしまいます。そうすると子どもはすぐにおなかが空いてしまい、短い間に何度も何度も目を覚まして泣くので、授乳をしなければなりません。
その短い間に家事をして、食事をして、子どもの世話をして、自由な時間はまったくないのです。
「ずっと出られない部屋にいるみたい」
彼女は起きていながら眠ってもいるようでした。
これほど過酷なタスクを割り振られて、文句も言わずに従うなんてバカですよね。
でも、それを理解することができなくて、文句ばかり言っていた私は、もっと大バカ者でした。
覚醒しなけりゃやってられない
目の前に現実を突きつけられて、私もようやく目を開けることができました。
家にはなるべく早く帰るようにし、洗濯と洗い物はよほどのことがなければやっちゃいけないとくぎを刺し、少し微笑む彼女を見てがんばる気になりました。
現実を知ってから見ると、彼女は巫女のように、あちらの世界とこちらの世界を行き来しながら暮らしているようでした。
時々ほんとうに存在感がなくなったり、やっと私の言葉に反応してくれたり。
あの時期、私の家は幽明境が明らかでなくなっており、彼女と子どもは二つの世界に遊んでいるようでした。
彼女の子どもへの献身を持って、かろうじてこの世側につながっているような日々。
この巫女と子どもに仕える暮らしが終わる日が想像もできないまま、できることを何でもやるようにしていました。たぶん、ずっと続けていけるくらいの覚悟はしていたし、子育てはそういうものだと理解していました。
ある日、家に帰ると、奥さんはニコニコ笑って迎えてくれました。
「おかえりなさい」
私は驚いていました。
「…ただいま。大丈夫?」
「ああ、子どもの首が座ったから、おんぶひもを使ってみたの。何でもできる、わたし」
こうして夢幻の中の日々は終わり、とても平凡な日常、ドラマの子育てに出てくるような日々が始まりました。
もちろん、奥さんは寝不足気味でしたが、おんぶをするようになったら子どもはすぐに眠ってくれるようになり、前よりはるかに楽になったそうです。
もちろん洗濯は私が続けていましたが、それもそのうちやっておいてくれるようになり、私も外貨を稼ぐことに力を注ぐようになりました。
経験値は生きるし、なぜ難しかったのかすら思い出せない
そんな状態を経験したにもかかわらず、うちでは二人目ができて大喜びしました。
子どもはかわいいし、奥さんも可愛いし、子ども二人はどうしても欲しかったのです。
子どもにとって遊ぶ相手がいるのが楽しいのは私の経験からわかっていたし、賑やかなのが好きなので。
二人目の時も幽明空間がいつできるか、緊張しながらかまえていたのですが、二人目の時は奥さんの様子がおかしくなることはありませんでした。
「なんか大丈夫で。一人目の時になんであんなに大変だったのかわからないんだよね」
奥さんはあっけらかんと言います。
原因として後づけで考えたのは、二人目の時は母乳に加えて粉ミルクを使ってみたのですが、粉ミルクだと製造が追いつかないことがないのでたっぷり飲めて、その結果目を覚ます回数が減って、奥さんもある程度眠れるようになったからかもしれません。
一人目の時はとても大変でしたが、二人目の時は奥さん一人で家事をこなしてくれたので、私は生活費の確保のためにお仕事をがんばれたというわけです。
奥さんは子育てをしていきながら、過酷な試練を乗り越えて、どんどん強くなっていきました。
彼女が守らなければならないものから頼りになる相棒になり、
子どもたちが守らなければならないものから頼りになる相棒になり、
私の仕事は守ることから見守ることに変化してきました。
まだまだ楽しもうと思っていますが、どうなることやら。
何が起こるか、何を起こせるか、楽しみでなりません。