今週のお題「好きな小説」
好きな小説の一つに、アンドレ・ジッドの「狭き門」があります。
狭き門 (新潮文庫 シー2-3 新潮文庫) [ アンドレ・ジッド ] 価格:693円 |
本書は、永遠に語り継がれるべきラブストーリーです。これは間違いありません。
考え深くしとやかな姉のアリサと、活発で明るい妹のジュリエットは、二人とも従弟のジェロームに好意を抱いています。
ジェロームがアリサに決定的に惹かれたのは、強すぎる悲しみに打ちひしがれているアリサを見た時でした。アリサをあらゆる悲嘆から守ってやりたいという強い思いがジェロームを強く支配したのです。
ー わたしは、キスしてやろうと思って体をかがめた。彼女の顔には涙があふれていた。この瞬間がわたしの一生を決定したのだった。
ジェロームは姉のアリサに好意を持っているのですが、アリサは妹の気持ちを考えて、身を引こうとします。
ジュリエットがほかの人と結婚して、感情面での障害がなくなった後も、アリサは神への信仰を盾にして、ジェロームの求婚を断り続けます。
離れて手紙を交わしている間はちゃんと好意を感じあっているのに、実際にあった時にはぎごちなく、信仰や正しい振る舞いを重視しているふりをしてすれ違いあってしまいます。
誰に褒められたくて、正しい信仰や正しい振る舞いをしているのでしょう。
「もうここまでにしてちょうだい。さようなら、愛するお友だち。これからあのー 《勝りたるもの》がはじまりますの」
こう言って、アリサはジェロームの前から永久にいなくなってしまうのですが、アリサはこの世を去った後に、ジェロームに自分の日記を残します。その中で、アリサは上の言葉をジェロームに投げた時のことを記しています。
- わたしは何をしたのだろう? なんの必要から、あの人のまえで、いつも自分の《徳行》のことを誇張したりしたのだろう?
アリサは本当に言いたかったことよりも、きれいごとを言ってしまっていることを分かったうえで、それを正すことができないまま、一人で逝ってしまうのです。
アリサの死から10年以上経って、ジュリエットに会うことになります。
ジュリエットはジェロームが結婚した方がいいことを、やさしく諭してきますが、そうならないだろうこともわかっています。
「いつまでひとりでいらっしゃるつもり?」
「いろいろなことが忘れてしまえるまで」
「早く忘れたいと思っていらっしゃる?」
「いつまでも忘れたくないと思ってるんだ」
「では、あなたは、望みのない恋を、そういつまでも心に守っていられると思って?」
「そうなんだ、ジュリエット」
「そして、日ごと日ごとの生活がその上を吹きすぎても、それが消されずにいるだろうと思って?」
このくだりがわたしの心をとらえてしまいました。
わたしは、自分が人を愛するときは、このような考え方で愛すると心に決めました。
ただし、せっかくの世紀の恋愛を手にしていながら、それを失うことはしたくありません。
見栄や意地でほんとうの気持ちを隠すことだけはすまいと、大いなる反面教師としてこの物語を受け取りました。
わたしが学生時代に出会った彼女は、恋愛に慣れておらず、どこまで自分を出していいのかわからない風でした。
わたしももちろん、恋愛上級者とはほど遠い立ち位置でした。
それでも、つき合い始めた最初に私が言ったのは次の言葉です。
「変に気を遣って、誤解で変になるのはぜったい嫌だから、なるべく本当のことを言い合えるようにしたい。まずは、手をつないでもいいかな」
ガチガチに緊張しているように見えた彼女は、朝陽が昇るように笑顔を見せてくれて、
「はい」と返してく、手を差し出してくれました。
以来数十年、大変な時もあったけれど、まだ二人でいられて、誤解はないように思えます。
いつまでも忘れたくないパートナーとの日々が、吹き消されることなく新たな燃料を加えて、今も明るく燃えています。
大いなる反面教師の「狭き門」は、その効果を発揮してくれているようです。