JP Road mirage - Sumomo Toxin / すもも毒素

現在波乱の真っ只中です。そんな中で実際にしたこと、感じたことを書いていきます。これが誰かの助けになればうれしいです。

外のことなんてもともとわからないし、わかっている必要もない

今週のお題「外のことがわからない」

コロナウィルスの影響で、他人と関わる形での外出がほとんどなくなっています。

「外のことがわからないと困らない? 不安じゃない?」という言葉を聞いて、そうなのかなと思っておろおろしたりしてしまいましたが、冷静になって考えてみると、別に困りませんね。

インドア派? アウトドア派?

自分がインドア派かアウトドア派かと考えると、どちらでも満足感を得られるタイプです。

子どものころから、晴れていれば外に飛び出して行って、親が心配するまで帰らなかったり、読み始めた本が面白ければ、親が心配するまで薄暗い部屋にこもって本を読んでいたり。どちらも私にとっては至福の時間なんです。

でも、これだと私は常に親に心配かけてますね…

それでも親は私に無理やり自分の価値観を押し付けてくることもありませんでした。いやでたまらなくなるくらい文句を言われたりはしましたが、私は自分で納得できなければ親の言うとおりにすることはありませんでした。

いえ、最初は言う事を聞いたんですよ?

でも、親の言う事を聞いても聞かなくても、結局親は文句を言うという事がわかってしまったので、それなら自分の好きなようにすることにしただけです。

自分の責任で自分の好きなことをやるという考え方をしたおかげで、親がこう言ったからこんな目に… のようなネガティブウェーブに巻き込まれてしまうことがありませんでした。

その結果、親や周りの人たちにしょうもない恨みを持つことがなく、

その結果、親には信用され、

いまだにいい関係でいます。

 

ある時点から親は私のやり方を受け入れてくれたので、私は何かに偏ることなく、好きなことをやってこられました。

おかげさまで、私は旅行は好きだし、意味なく街を歩いてみたりするのは大好きですし、2-3日外に出ないで本の世界に沈み込んだりするのも大好きです。

外のことがわからないと

親の目が届かない田んぼのあぜ道を走ってヘビを踏んだり、山の中でカブトムシを捜したり、見たことのないトカゲを見つけて追いかけたり、外に出ることはわからないことがあるからこそ楽しかったのです。

18世紀のロンドンを彷徨った後に、親に呼ばれていやいや買い物に出ると、20世紀の日本の田舎町がとんでもなく新鮮に映り、物語の中の探偵のように、道端にあるちょっとしたものからとんでもない推理を導き出したりしました。

SFを読むようになると、家の中での出先が宇宙になったり、海底になったり、異次元になったりして、さらに外に出た時に感じる違和感を深く、広く、大きくなっていきました。

都会の街並みはまるで異世界になり、

ふと見上げた空にある真昼の月に親近感を感じたり、

流れている川の下でこちらを窺っている視線を感じたり、

ラーメン屋ですする麺に感動したりと、

毎日が常に新しく、驚きに満ちたものになってきます。

 

外のことって、わからない方が楽しくありませんか?

 

コロナ騒ぎで変わってしまった世界の中を、周りを窺いながらおそるおそる歩いて、見つけてしまうものが何なのかを考えて、今からワクワクが抑えられないでいます。